3月16日、ミュージカル『フィーダシュタント』が開幕した。韓国発のミュージカルで、2022年6月に初演を迎えたばかりのこの作品。フェンシングを題材にし、高い芸術性が認められた話題作だ。早くも日本版の上演が実現したこの日、葛藤とスペクタクルが共存する本作のゲネプロに潜入することができた。
RIKU(THE RAMPAGE) / 以下、オフィシャル写真
1938年、ドイツは国家社会主義ドイツ労働者党の政権下にあった。フェンシングを続けるため、エリートスポーツ学校に入学した17歳の少年たち。彼らは誰もが憧れるその学校へ通う代わりに、過酷な決断を迫られていた。ドイツのために命をかける権力者こそが夢を叶える時代に、権力を手に入れるため順応するのか、全てを失ってでも抵抗するのか。もまれ揺さぶられる少年たちの感情をフェンシングと流麗な音楽で表現する。真実のために強く戦う少年たちの物語が始まる。
オープニングはふたりの少年の瑞々しいデュエットから始まり、全員による豊かなハーモニーへ。フェンシングに対する少年たちの思いが歌い上げられる。それぞれの声質を活かしながら厚みのある合唱に仕上がっており、この作品の音楽の美しさと出演者の歌唱力の高さに期待が高まる。フェンシングの剣を用いたシーンも序盤から繰り広げられ、剣の交わる乾いた音が響く。
RIKU(THE RAMPAGE)
スポーツ学校でフェンシングを学ぶ少年、マグナス・ヴォルカーをRIKU(THE RAMPAGE)が演じる。マグナスはまっすぐで負けず嫌い。あどけない表情を見せつつ、フェンシングを通じて自分の希望を力強く表現する。仲間を選ぶか、権力を選ぶか。彼の葛藤は表情や歌から感じ取れ、非常にドラマチックだ。
糸川 耀士郎
マグナスの親友、アベル・ルターを演じるのは糸川耀士郎。安定した歌声は仲間と共に抗う彼の求心力を丁寧に表現しており、周りに流されない力強さが感じ取れる。幼い頃、互いを守ると誓い、その目的のために権力を手に入れようとするマグナスと、権力に抵抗するアベル。ふたりの対決は大きな見どころだ。
吉高 志音
RIKU(THE RAMPAGE)、浦川 翔平(THE RAMPAGE)
マグナスとアベルの同級生、ハーゲン・アクスマン(吉高 志音)とジャスパー・ミュラー(浦川 翔平(THE RAMPAGE))の個性あふれるパフォーマンスにも注目したい。ハーゲンは傲慢な発言が多いが、軍事マニアで武器に詳しい。生き生きとした表情でしっとりと歌うソロは必聴だ。同級生と共に過ごす中で徐々に柔らかくなっていく彼の成長も見届けたい。ジャスパーは人懐っこくユーモアのある少年。ひとつひとつの言動から素直で自由な彼の性格を感じさせ、憂鬱な空気を緩ませてくれる。素直さゆえの彼の素朴な疑問にはハッとさせられる。
正木 郁
フェンシング部のエース、フレドリッヒ・カールは正木郁が演じる。冷徹で正確な行動をとり、時には権力を利用してマグナスたちを服従させる。権力社会に従順で感情が見えない彼だが、語るような豊かな歌声に観客は心情の変化を探りつつ魅了される。
藤田 玲
エリートスポーツ学校の団長で絶対的権力者、ラインハルト・クレアを演じるのは藤田玲。フェンシングの世界的英雄であるクレアの存在感は、威厳のある表情と歌声からも明らかだ。厳しい指導を行う彼だが、マグナスに向ける優しい微笑みからは人間味が垣間見えて憎めない。余裕のある優雅なしぐさのひとつひとつが権力を象徴するかのようだ。
RIKU(THE RAMPAGE)、糸川 耀士郎
この作品で一番気になるのは、フェンシングをどのようにミュージカルに取り入れるのか、というところだろう。ストーリーに大きくかかわっているため、最初から最後まで、剣を使ったパフォーマンスが沢山盛り込まれている。フェンシングの基本に即した動きとダンスをミックスさせた斬新な表現は、この作品独特のものだ。剣の空を切る音や金属音が作品のアクセントになっていて、晴れやかに歌うシーンではその音が軽やかなリズムを生み、対決の場面では緊張感を倍増させた。
舞台の中心から客席へ設置された花道も、この作品の臨場感を高めるのに成功している。細長いその形をピスト(フェンシングのコート)に見立て、至近距離で行われる試合には思わず手に汗を握る。日本版ではフェンシング監修にオリンピック銀メダリストの太田雄貴、指導に2020年東京オリンピック日本代表の徳南堅太を迎えているだけあり、ただのパフォーマンスでは終わらない、スピード感と安定感のある剣さばきは迫力満点だ。フェンシングをエッセンスとして取り入れるだけではなく、実際に試合を観戦する時のような高揚と緊張感が味わえる構成になっていた。
場面を彩る照明と映像も興味深い。場面転換は主に映像で表現され、時間経過や心情表現を照明が支える。「~Widerstand~抵抗せよ‼」のメッセージはストリートアートのように壁に塗られ、少年たちの学校を変える強い意志が強調される。舞台に降り注ぐ白く鋭い光の筋はフェンシングの剣のようで、全編に通じる緊張感をもたらした。
フェンシングを取り入れた激しい戦いの中でも、出演者は優れた歌唱力を発揮する。楽曲それぞれに6人での歌唱とは思えない音の厚みがあり、そこに感情が乗って強いエネルギーが伝わってくる。追いかけるように短いフレーズが重ねられる曲もあり、心にある言葉をそのまま紡ぐような素直な心情表現になっていた。豊かなハーモニーを支えるのは、歌唱指導を務める今泉りえ。実は会場のアナウンスも担当しているとのこと。鑑賞後は是非そちらにも耳を傾けてみてほしい。
浦川 翔平(THE RAMPAGE)、吉高 志音、糸川 耀士郎、RIKU(THE RAMPAGE)
音楽が美しく、高密度な台本とダイナミックなフェンシングで観客を飽きさせないこの作品。エンターテイメントとしてだけでなく、人間の尊厳と自由を問う社会的メッセージも大いに含まれている。史実を基にしているが、あくまで少年たちの成長と心情の動きにフォーカスしているのが面白いところだ。自分らしく生きるためには何が正解なのか。夢を追い求める手段が、ある人にとっては権力であり、ある人にとっては抵抗であるだけなのかもしれない。17歳の少年たちが政治や権力構造に抗っていく姿を見ると、歴史をただの歴史として放ってはおけなくなる。今の時代に、私たちは何を選択するのか。心を動かすだけでなく、観終わった後も自分自身の価値観・生き方について考えさせられる作品だ。
ミュージカル『フィーダシュタント』はニッショーホール(旧ヤクルトホール)にて3月26日(日)まで上演される。全てをかけて抗い戦う少年たちを、是非劇場で見守ってほしい。
公演概要
ミュージカル『フィーダシュタント』
日時:2023年3月16日(木)~3月26日(日)全16回公演予定
開場:ニッショーホール(旧ヤクルトホール)
〒105-0021 東京都港区東新橋1-1-19 ヤクルト本社ビル
チケット料金
・平日:¥9,900(チケット代¥9,000+税)
・土日・祝:¥11,500(チケット代¥10,500+税)
作・作詞:チョン・ウンビ
作曲:チェ・デミョン
編曲:シン・ウンギョン、チェ・デミョン
演出:キム・テヒョン
振付:イ・ヒョンジョン
アクション:ソ・ジョンジュ
オリジナルプロダクション:ミスティックカルチャー
キャスト
RIKU(THE RAMPAGE)・糸川 耀士郎・正木 郁・吉高 志音・浦川 翔平(THE RAMPAGE)・藤田 玲
日本版演出:ほさかよう
日本語翻訳/訳詞 : 安田佑子
フェンシング監修:太田雄貴
フェンシング指導:徳南堅太
音楽監督 : 宮﨑誠
アシスタントプロデューサー : 津幡未来
プロデューサー : 石津美奈
エグゼクティブプロデューサー : 家村昌典
主催/企画/制作 : LDH JAPAN
公式ホームページ:http://r.tribe-m.jp/widerstand/
Book & Lyrics by Chung EunBea
Music by Choi DaeMyung
Music Arrangement by Shin EunKyoung, Choi DaeMyung
Directed by Kim TaeHyung
Choreography by Lee HyunJung
Action Design by Seo ChongJu
Original Production by MYSTIC CULTURE
執筆者:大本 千乃 (おおもと・ゆきの) 2001年生まれの現役大学生。舞台スタッフ(主に舞台監督)の技術を勉強中。名前の読み方が難しいため、漢字そのまま、せんちゃんと呼ばれている。趣味はミュージカル鑑賞・オペラ鑑賞。最近は2.5次元舞台やストリートプレイにも興味がある。座右の銘は勇往邁進。
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